※ 医療的な助言ではありません。現場で考え、試していることの記録です。 登場人物と場面は、個人が特定できないよう変えてあります。
>> 三時間見つからず、翌朝に五分
先週、うちの若いのが障害対応で三時間ハマっていました。
若手「ログは全部見ました。三回見ました。異常ありません」
わたし「三回見て無いなら、無いんやろな」
若手「でも現象は出てるんです」
わたしも横から覗きました。分かりません。
相棒「もう九時やで。明日にしよ」
若手「あと一回だけ見ます」
相棒「その『あと一回』、さっきから四回目やぞ」
結局その日は諦めて帰りました。
翌朝、出社したら若手が青い顔をしていました。
若手「……見つかりました」
わたし「どこや」
若手「昨日、何度も見たログです。同じ行です」
三時間探して見つからなかったものが、五分で見つかった。
同じ人間が、同じログを見て、です。
その晩、風呂上がりのじいさんにこの話をしました。
首にタオルをかけたまま、麦茶を飲んでいます。
じい「そりゃ、見る前に決めとったからじゃろ」
>> 脳は、見たいものしか見ていない
これは根性や集中力の問題ではありません。
認知科学では スコトーマ(心理的盲点)と呼ばれる現象です。
もともとは眼科の言葉で、視野の中の「見えない部分」を指します。
人間の目には構造上どうしても見えない点があるのですが、普段それに気づくことはありません。
脳が周りの情報から勝手に補完しているからです。
同じことが、意識の上でも起きています。
人間の脳は、視界に入っているものを全部認識しているわけではありません。
「重要だ」と判断したものだけを拾い上げ、残りは物理的に見えていても意識に上がってこない。
処理能力の節約です。全部を認識していたら、脳のほうが持ちません。
つまり、見えていないのではない。見る対象から外されている。
やっかいなのは、この「重要かどうか」の判定を、本人が選べないことです。
判定の基準になるのは、その人が持っている前提です。
「ここは正常なはずだ」と一度決めると、その部分は「重要ではない」に分類される。
分類された以上、何度見ても目に入らない。
三回見ても見つからないのは、当然だったわけです。
三回とも、同じ前提で見ていたのですから。
車を買った途端、街中で同じ車ばかり目につくようになる。
あれの裏返しだと思ってもらえればいいと思います。
>> 「今、何を正常だと思っているか」を書き出す
じいさんの言葉が気になったので、次の障害のときに一つ試してみました。
切り分けを始める前に、こう聞くようにしたんです。
わたし「今、どこが正常やと思ってる? 紙に書いてくれ」
若手「え、正常なところをですか? 異常を探すのに?」
わたし「まあ書いてみ」
書き出した項目は七つありました。
そのうち三つ目を書いたところで、若手の手が止まりました。
若手「……これ、確認してないです」
わたし「どれや」
若手「正常だと思ってました。確認した記憶が、ないです」
そこが原因でした。
>> それでも見つからなかった日
ただ、これはうまくいった回の話です。
正直に書いておくと、うまくいかなかった回もありました。
別の日、同じことをやらせました。
若手は八つ書き出して、どれも本当に確認済みでした。
それでも原因は見つからず、結局その日も持ち越しになりました。
なぜ効かなかったのか。
書き出せる前提は、すでに意識に上がっている前提だからです。
本当に厄介な思い込みは、書き出そうとしても出てきません。
「それが前提である」ということ自体が、見えていない。
スコトーマのやっかいさは、まさにそこにあります。
それでも、七つのうち一つでも掘り出せるなら、やる価値はあると思っています。
三時間が五分になるなら、紙に書く三分は安いものです。
じい「気合いが足りんかったんやない。見る前に、もう負けとったんじゃ」
わたし「じゃあ、どうすりゃええんや」
麦茶を飲み干して、じいさんは言いました。
じい「知らん。わしは見つけたことがないでな」
大体正しいのですが、たまにこうなります。
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初出: note
