※ 医療的な助言ではありません。現場で考え、試していることの記録です。 登場人物と場面は、個人が特定できないよう変えてあります。
>> 犯人は、三年前のわたしだった
半日かけて障害の原因を追いました。
見つかったとき、少し笑ってしまいました。
三年前に、わたしが「念のため」で入れた設定でした。
若手「これ、何のために入ってるんですか」
わたし「……念のためや」
若手「何の念ですか」
答えられませんでした。三年前に何を心配していたのか、覚えていないんです。
相棒「その念、いま効いてないどころか刺してきとるやん」
その晩、じいさんが出かける支度をしていました。
雲ひとつない空です。
わたし「傘、要らんやろ」
じい「降るかもしれん」
>> 「念のため」は、判断ではない
不安なとき、人は手を打ちます。これは正しいことです。
ただ、そのとき打った手には、ある特徴があります。
検証されないまま残るということです。
理由は単純で、効果を測れないからです。
「念のため」の設定は、何かを防ぐために入れます。
そして何も起きなければ、それは「効いた」ようにも「不要だった」ようにも見えます。
どちらとも言えないので、外す理由も生まれません。
こうして残ります。三年でも、十年でも。
そしてもう一つ。
「念のため」と言った瞬間、判断が止まります。
本来なら「何を防ぐために」「どういう条件で」「効果はどう確認するか」を決めるはずです。
それを全部飛ばして手を打てるのが、この言葉の便利さです。
便利なので、増えます。増えたものは、互いに干渉します。
わたしが半日追った障害は、三年前の不安と、今の仕組みがぶつかった結果でした。
技術的には単純なミスです。
ただ、入れた瞬間には正しいことをしていたつもりでした。そこが厄介でした。
>> 「念のため」の棚卸しをした
翌週、一つやってみました。
設定や仕組みの中から、「念のため」で入れたものを探して並べるという作業です。
見つけ方は簡単でした。こう聞くだけです。
「これは何を防ぐために入っているか」
答えられないものが、「念のため」です。
十九個ありました。
そのうち、
- 今も必要と説明できたもの … 六個
- 説明できなかったもの … 十三個
説明できなかった十三個のうち、三個を消しました。
障害は起きませんでした。動作も変わりませんでした。
十三個のうち三個は、本当に何もしていなかったわけです。
>> 四個目を消して、止まった
ここからが正直な話です。
四個目を消したら、別のところが止まりました。
説明できなかっただけで、実際には効いていたのです。
入れた本人(わたしです)が理由を忘れていただけで、機能はしていました。
つまり「説明できない」は「不要」ではありませんでした。
戻して、今度は理由を書き添えました。
書きながら、三年前の自分が何を心配していたのか、ようやく思い出しました。
そこで、やり方を変えました。
消すのではなく、理由を書く。
- 何を防ぐために入っているか
- 消すとどうなるか(分からなければ「不明」と書く)
- いつ見直すか
「不明」と書いてよいことにしたのが効きました。
分からないものを分からないまま記録できるようになったからです。
消すのは、次に触るときでいい。
理由が書いてあれば、そのとき判断できます。
じいさんが帰ってきました。傘は濡れていません。
わたし「降らんかったやろ」
じい「降らんかったな」
わたし「持っていく意味あったか」
じい「傘は、持っとっても邪魔にならんからな」
そうかもしれません。
ただ、わたしの傘は十九本ありました。
#エンジニア #インフラ #仕事のコツ #トラブルシューティング #運用
初出: note
