※ 医療的な助言ではありません。現場で考え、試していることの記録です。 登場人物と場面は、個人が特定できないよう変えてあります。
>> 十年、褒め言葉だと思っていた
見積りを出すと、よくこう言われます。
「安いですね」
これを十年、褒め言葉として受け取っていました。
ある日、若手が横で聞いていて、こう言いました。
若手「あれ、褒められてるんですかね」
わたし「褒められとるやろ」
若手「……そうですか」
その顔が納得していなかったので、少し考えました。
相棒「あれ言われて、嬉しいか」
わたし「悪い気はせんな」
相棒「なんでや」
わたし「……客が喜んどるからやろ」
相棒「うちは喜んでへんけどな」
その晩、じいさんが畑の境で立っていました。
隣の畑を見ています。
わたし「どうしたんや」
じい「うちのは、小さいな」
>> 自分の位置は、自分では見えない
人が何かを判断するとき、必ず 基準 を使います。
そして基準は、自分の内側にあるものが使われます。
過去の自分、いつもの取引、身近な数字。
高いか安いかも、そうです。
わたしが見積りを書くとき、比べていたのは
去年の自分の見積りでした。市場ではありません。
去年より少し高ければ「上げた」と感じ、
少し低ければ「頑張った」と感じる。それだけです。
この状態では、市場のどこにいるかは絶対に見えません。
比べる相手が自分だからです。
そして「安いですね」という言葉は、
外から位置を教えてもらった唯一の情報でした。
それを十年、褒め言葉として処理していたわけです。
同じ言葉でも、受け取り方は二つあります。
「安いですね」
→ 客が喜んでいる (こちらとして聞いていた)
→ 相場より下にいる (実際に伝えられていた情報)情報としては後者です。
そして情報を褒め言葉に変換すると、位置は永久に分かりません。
>> 同業の価格を調べた
そこで、調べました。
公開されている価格、入札結果、業界の資料。
出せるものだけ集めて、並べてみました。
うちは、下から数えて二番目でした。
技術で下から二番目だとは思いません。
それでも値段はそこにありました。
このとき初めて、「安いですね」の意味が変わりました。
褒め言葉ではなく、事実の指摘でした。
>> 調べた直後、逆に下げた
正直に書きます。
調べたあと、次の見積りをむしろ安く出しました。
理由は自分でもよく分かりません。
ただ、並べた表を見たときの感覚は覚えています。
「上のほうの会社は、うちとは違う」
そう感じました。
自分より上の値段を見て、上げる材料ではなく、諦める材料にしたわけです。
比べることには、この副作用があります。
位置が分かる代わりに、その位置が自分の身分のように見えてしまう。
そこで、表の使い方を変えました。
自分の位置に印を付けるのをやめました。
代わりに、こう見ます。
- 一番上の会社は、何を売っているのか(技術か、対応か、看板か)
- そのうち うちが既に持っているものはどれか
- 持っているのに値段に乗せていないものは何か
位置ではなく、中身を見るようにしたわけです。
すると、乗せていないものが二つ見つかりました。
夜間の対応と、他社製品も含めた切り分けです。
どちらも十年やっていて、一円も乗せていませんでした。
次の見積りから、そこを項目にしました。
金額は上がりました。「安いですね」は、まだ言われます。
ただ、今は情報として聞いています。
じいさんは、まだ隣の畑を見ていました。
わたし「隣のほうが大きいな」
じい「大きいな」
わたし「気になるか」
じい「気にはなるが」
そう言って、自分の畑にしゃがみました。
じい「隣を見ても、うちの土は変わらんがな」
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初出: note
