※ 医療的な助言ではありません。現場で考え、試していることの記録です。 登場人物と場面は、個人が特定できないよう変えてあります。
>> 三ヶ月で、元のやり方に戻っていた
去年の春、手順書を全部作り直しました。
かなりの時間をかけて、誰が見ても分かる形にしたつもりでした。
三ヶ月後、誰も使っていませんでした。
わたし「なんで使わんのや」
若手「……すいません」
相棒「まあ、慣れたやり方のほうが早いしな」
わたし「早いか?」
相棒「早ないけど、早い気がする」
このときは、気合いの問題だと思っていました。
その晩、血圧を測っているじいさんに、この話をしました。
腕にベルトを巻いて、数字が出るのを待っています。
わたし「せっかく作ったのに、三ヶ月で元通りや」
じい「体温と一緒じゃな」
>> 元に戻る力は、壊れているわけではない
ホメオスタシス(恒常性)という言葉があります。
体温を三十六度台に保つ。血圧を一定の範囲に収める。
外がどう変わっても、体の中を同じ状態に戻し続ける機能です。
生きるために必要なものです。これが働かなくなったら、人は死にます。
そして——同じ働きが、心理と行動にもあります。
新しいやり方を始めると、脳はそれを「いつもと違う状態」として検出します。
そして、元に戻そうとする。
体温が上がったときに汗をかいて下げるのと、まったく同じ仕組みです。
さらに、この機能は 組織にも働きます。
新しい手順が入ってくると、集団全体が居心地の悪さを感じて、
少しずつ元のやり方に戻っていく。
誰も反対していません。会議で決まったことに、全員が賛成しています。
それでも、三ヶ月経つと元に戻っています。
つまり、こういうことでした。
元に戻ったのは、失敗したからではない。正常な機能が働いたから。
意志の弱さの話ではありませんでした。
>> 「戻る力」を前提にして設計し直す
翌年、同じことをやり直しました。
今度は、戻ることを前提に組み立てました。
具体的には、元のやり方を物理的にできなくしました。
古い手順書を消し、古いフォーマットのファイルを共有から外しました。
効きました。
戻る先がないので、新しいやり方が残りました。
>> 戻る力は、敵ではなかった
ただ、こちらも書いておきます。
混乱も起きました。
古いやり方でしか対応できない例外が、いくつか残っていたんです。
それを消してしまったので、その場に居合わせた人間が困りました。
やり方を変えるのは、「戻る力」との戦いになります。
そして戦い方を間違えると、必要なものまで壊します。
やってみて分かったのは、こういうことです。
戻る力は、敵ではありませんでした。
組織が安定して回っているのは、この力があるからです。
戻る力がゼロの職場は、毎日やり方が変わります。それはそれで、たぶん地獄です。
だから壊すのではなく、戻る先のほうを変える。
それが分かってから、少し楽になりました。
血圧計の数字を見ながら、じいさんが言いました。
じい「わしの血圧はな。薬でやっと下がっとる」
わたし「せやな」
じい「やめたら、三日で戻るわ」
わたし「……」
じい「戻る体は、丈夫な体じゃぞ」
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初出: note
