※ 医療的な助言ではありません。現場で考え、試していることの記録です。 登場人物と場面は、個人が特定できないよう変えてあります。
>> 「分かりませんでした」と言われた
先週、若手にこう聞かれました。
若手「なんで、この設計になってるんですか」
説明しました。専門用語を三つほど使って、二分くらい話したと思います。
若手は最後まで黙って聞いて、それからこう言いました。
若手「……すいません。分かりませんでした」
言い換えようとしました。
出てきませんでした。
相棒「今の説明、俺も分からんかったで」
わたし「うるさい」
その晩、まんじゅうを食べているじいさんに、その話をしました。
わたし「今日、若いのにうまく説明できんかった」
じい「わしには、いつも話せとるやないか」
言われてみればそのとおりでした。
じいさんは、わたしの仕事のことを何も知りません。
だからじいさんの前では、専門用語が一度も使えたことがない。
毎晩、言い換えているんです。
>> 言葉には「高さ」がある
苫米地英人の本によく出てくる言葉に、抽象度というものがあります。
言葉には高さがある、という考え方です。
ポチ → 犬 → 哺乳類 → 動物 → 生物
低 ────────────────────────→ 高上に行くほど、含まれるものが増えます。
そして代わりに、細部が落ちていく。
「ポチ」には、あの茶色い毛や、右耳が垂れていることまで含まれています。
「生物」まで上がると、そんなものは何も残っていません。
仕事の言葉も、同じように並びます。
抽象度 高
↑ ┌────────────────────────────┐
│ │ 「壊れても止まらんようにした」 │ ← じいに話す言葉
│ ├────────────────────────────┤
│ │ 「二重にしてあります」 │ ← 他の部署に話す言葉
│ ├────────────────────────────┤
│ │ 「冗長構成にしてあります」 │ ← 同業者に話す言葉
│ └────────────────────────────┘
↓ 低専門用語は、抽象度の低い言葉です。
細かい情報を大量に含んでいて、その分野の中では一言で正確に伝わる。とても便利です。
ただし、その分野を一歩出た瞬間に、何も伝わらなくなる。
では、抽象度を上げるにはどうするか。
細部を捨てて、本質だけを残すしかありません。
そして——捨てるものを選ぶには、何が本質かが分かっていないといけない。
つまり、こういうことになります。
抽象度を上げられない = 何が本質か分かっていない
あの日わたしが言い換えられなかったのは、語彙の問題ではありませんでした。
捨てていいものと、捨てたらいけないものの区別が、ついていなかったんです。
>> 「じいさんに話すつもりで話す」
翌日から、説明するときに一つ試しました。
目の前の相手ではなく、じいさんに話すつもりで話す。
効果は、思っていたのと違う形で出ました。
説明の途中で、自分で止まったんです。
わたし「……これ、なんでこうしてるんやったかな」
若手「え」
わたし「ちょっと待ってくれ。調べてくる」
若手に説明していたつもりが、自分の穴を見つけていました。
>> 上げすぎると、手順が落ちる
ただ、やりすぎもありました。
別の日、同じように話したら、こう返ってきました。
若手「で、具体的には何をすればいいんですか」
わたし「……せやな」
抽象度を上げると、細部が落ちます。
落ちた細部の中に、手順が入っていました。
分かった気にはさせたが、動けるようにはしていない。これでは意味がありません。
つまり、抽象度は上げればいいというものではなかった。
必要なのは 上げ下げ です。
相手のいる高さまで一度降りて、そこから 一段だけ 上げる。
一段です。二段上げると、また通じなくなる。
じいさんに話すときは、たぶん四段くらい上げています。
若手には、一段でよかったんです。
じい「難しい言葉を使うときはな。大体、逃げとるときじゃ」
わたし「……耳が痛い」
二つ目のまんじゅうに手を伸ばしながら、じいさんは続けました。
じい「わしは難しい言葉を知らんでな。逃げようがない」
今回は、大体どころか、全部正しかったと思います。
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初出: note
