※ 医療的な助言ではありません。現場で考え、試していることの記録です。 登場人物と場面は、個人が特定できないよう変えてあります。
>> 同じ夜中でも、しんどさが違う
来週、また夜中の作業が入りました。
若手「……またですか」
わたし「またや」
言いながら、わたしも同じことを思っていました。
ところが先月、自分から言い出した検証作業のときは、同じように夜中までやって、
まったく苦になりませんでした。
相棒「先月、お前一人で二時までやっとったやん。あれは平気やったんか」
わたし「あれは……別や」
相棒「なんで別なん」
答えられませんでした。
その晩、庭の草をむしっているじいさんに、この話をしました。
もう暗いのに、まだやっています。
わたし「なんでそんなん好きなんや。しんどいやろ」
じい「頼まれとらんからな」
>> 同じ行動でも、二種類ある
苫米地英人の本によく出てくる対比に、have to と want to があります。
- have to = しなければならない
- want to = したい
大事なのは、これが 行動の種類ではない ということです。
同じ行動が、どちらにもなり得ます。
先月の作業も、来週の作業も、やることはほとんど同じです。
夜中に集まって、手順どおりに進めて、朝方に帰る。
違うのは、自分で決めたかどうかだけでした。
have to の状態にあるとき、人は無意識に「やらない理由」を探し始めます。
体調が悪い気がしてくる。他の急ぎの仕事を思い出す。手が遅くなる。
サボっているわけではありません。
そういう仕組みになっている、というだけの話です。
ここで正直に書いておきます。
苫米地英人は「want to だけで生きろ」と言います。
ただ、現実の仕事で、それは無理でした。
やりたくない作業はあるし、選べない日程もあります。
理論をそのまま持ってくると、たぶん折れます。
それでも一つだけ使えることがありました。
have to と want to は行動の性質ではなく 捉え方 なので、
動かせる余地がある、ということです。
>> 「自分で決められる部分」を探す
来週の作業について、決められることと決められないことを分けてみました。
決められない 決められる
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やるかどうか 手順の作り方
日程 当日の段取り
終了時刻 誰と組むか
どこを先にやるか決められない側は、どうしようもありません。
そこで、決められる側だけを自分で握ることにしました。
手順書を自分の書きたい形で書き直し、組む相手も自分で決めました。
しんどさが、減りました。
作業量は一つも減っていません。帰る時間も同じです。
それでも、体感がはっきり違いました。
>> 決められる部分がゼロの日
ただし、効かない場合もありました。
別の作業では、手順も相手も時刻も、すべて先方の指定でした。
決められる部分が、本当にゼロだったんです。
そこは have to のまま残りました。ごまかしようがありませんでした。
分かったのは、全部を want to にする必要はないということです。
ゼロか百かではありませんでした。
割合が変わるだけで、体感はまるで違う。
十のうち三つでも自分で決められれば、その作業は少しだけ自分のものになります。
草をむしり終わったじいさんが、腰を伸ばしながら言いました。
じい「これがな。誰かに『毎日むしれ』言われとったら、三日でやめとるわ」
わたし「同じことしとってもか」
じい「同じことしとるからこそ、じゃ」
#働き方 #モチベーション #コーチング #残業 #エンジニア
初出: note
